※鳳さんが女の子です!!※
「今日は男子テニス部にしようよ」
休み時間、隣の席の子が言った。席に集まっていた他の子からもいいね! と声が上がる。授業で配られたプリントの裏面を広げて、男子テニス部の人の名前を挙げていく。
「男子テニスと言ったら、やっぱり跡部様!」
「跡部様は順位とかじゃないよ。跡部様枠だよね」
「分かる〜。あ、私、忍足先輩も好き。色っぽくて、一個上とは思えない感じ」
「そう? 私髪長い人タイプじゃないからな〜」
跡部様と忍足先輩は上のランクね、と言いながら友達がさらさらと丸まった字で名前を裏紙に書いた。友人達はどんどん先輩の名前を上げていき、あの人は顔が好み、性格が怖い、そんな風に人の名前を言い合っていく。
盛り上がる友達と反比例して、私の心は重くなっていく。
短い中休みの間、クラスの友達は入口近くの私の席に集まるのがお決まりで、小テストの予習をしたり、他愛もない話をして過ごしている。ある日、男の子の噂話が話題に上がったのがきっかけで、最近は男の子の人気ランク付けで持ち切りになった。
ファッション誌を見て、この人かっこいい、背が高いね、と話す感覚と同じなんだと思う。私は、元々恋愛話は苦手だし、他人を順位付けするのが嫌で、いつも会話に入れなかった。私がこう言う話題を好まないことにみんなは多分気がついていて、わざわざ話題を振ったりしない。私は私で、自分の席を囲って話されるものだから、なんとなく輪から抜け出せずにいた。
女の子ってたまに残酷なときがある。一人ひとり話すと個性が違って良い子達なのに、輪になると笑いながら他人を品定めするなんて。可愛らしい笑顔で、高く綺麗な声で。こういう話は、私の憧れの宍戸さんも好きではないと思う。先輩ならどうするかな。やめよう、こんな話。もっと楽しい話題にしよう、と言うだろうか。頭に浮かんでも、私にははっきり口にする勇気がなかった。
今日のターゲットは男子テニス部。隣で練習していて、交流もあるから、よく知っている人達。いつも以上に聞いていて心が痛む。私は俯いて、スカートの裾をきゅっと握った。
「男子テニス部、私達の学年には誰がいたっけ? 次に部長になるのは誰かな」
「確か、F組の日吉くんが有力だって聞いたことある」
「えっ、日吉くんなの?」
俯いていると、よく知っている名前が耳に入った。F組の日吉くん。日吉。幼稚舎からの仲で、昔はよく一緒に過ごしていた。私は幼馴染というものだと思っている。
「あの子、なんか怖いよね。睨んでるみたいな目つきが……」
私の隣にいる友達が言うと、同意の頷きが聞こえてくる。クラスの子達は日吉に対して良い印象を持っていないようだった。誰にでも素っ気ない彼は、同級生の女の子も特別扱いなんてせず、嫌味を言ったり、とげとげしい態度をしてる姿を何度も見たことがある。彼らしいけど、本当は優しいんだから、少しだけでも柔らかい態度をしたらいいのに、と思っていた。
「ね~。私、委員会一緒で、軽く相談事したら『それで?』ってだけ返されて……私も意見がまとまってなかったけど、そんな言い方しなくてもって思ったことある」
「顔はクール系でちょっとかっこいいのにね。性格がきつくて残念」
「委員会のカメラも妙な写真ばっかだし、変な子だよ」
じゃあ、日吉くんは一番下のランクにしとく? とペンを持っている子が見下したように笑った。クラスの子達はひたすら日吉を悪くしか言わなかった。彼は自分にも他人にも厳しい面はあるけど、少しの印象だけでこんなに言うなんてひどい。心の中がかっとなって、スカートを掴む力がさらに増した。
「そこまで言うのは、ひどいと思う……!」
勇気ではなく、衝動だった。気がついたら顔を上げて言葉が出ていた。
「日吉って性格が分かりにくいだけで、本当は優しいところたくさんあるんだよ……!」
みんなが驚いた表情をしてこちらを向く。普段会話に入らないからびっくりしているみたいだ。後ろから教室の扉が開く音がして、誰かが入ってきたようだけど、そんなことは気にしない。私の言葉はもう止まらなかった。
「日吉は、なんだかんだ言うけど相談聞いてくれたし、幼稚舎の頃帰り道で会ったら一緒に帰ってくれたし。テニスは実力あるし、勉強の成績だってすごくいいし、趣味は人それぞれだよ……日吉はいつも素っ気ないだけで、優しいし、頑張り屋だよ。そんな悪くばっかり言うのはひどいよ」
この話題の時に意見をはっきりと言ったのは初めてだった。自分でも驚いている。けど、これが私の本心だから、後悔はない。みんなは目を見開いたまま固まってる。そのうちに、一人の子が私の後ろを指すように手のひらを上げた。
「ちよちゃん、後ろ……」
友達はおずおずと言った。彼女が示す通り、後ろを向く。人影が見えた。さっき入って来た人だろうか。そう思って見上げると、話題の彼が立っていた。私の心臓は跳ね上がった。こんなタイミングで来るなんて。日吉は私のことを鋭い目で見下ろして、唇がきゅっと尖がっている。これは機嫌の悪い時の顔だ、と経験則が働いた。
「鳳。これを、お前の母親に渡しとけ」
日吉は胸ポケットから茶色い封筒を私に差し出した。
「え?」
まだ心臓がざわついている私は、声が裏返った。日吉はさらに目を細めて、指先で封筒を強く押さえつける。
「だから、俺の母親が、お前の母親に渡せって。着物の展示会の招待状」
日吉はいつもよりトーンを下げて早口で言った。
「あぁ、そう。うん、ありがとう。渡しておくね」
私のお母さんと日吉のお母さんは幼稚舎からのいわゆるママ友で、演奏会や展示会のチケットを私達経由で送り合っている。私と日吉は頼まれた時にやり取りをしているけど、今回はタイミングが悪かった。私が封筒を手にすると、彼はぱっと手を離して後ろを向いた。
「ねぇ、日吉!」
私は大きな声で呼び止めた。彼は背中をこちらへ向けたまま、立ち止まった。
「私の話、聞こえてた……?」
私は恐る恐る問いかけた。今聞かないほうがいいかもしれないけど、周りの視線よりも、好奇心の方が勝ってしまった。問いかけから少し間を置いた後、舌打ちが聞こえてきた。
「お前の話なんか興味ねぇよ」
日吉は言い捨てるように答えると、勢いよく扉を閉めて立ち去った。扉はガラガラと乾いた音を立てながら、反動で跳ね返って半開きになる。私は早足で去っていく日吉の背中を見つめた。すると、後ろから女の子達のわぁ、とざわめく声が聞こえてきた。
「何、あの言い草、ひどい!」
「お母さん達同士仲良しだからって、ちよちゃんが仲良くしなくてもいいよー」
友達は私をかばう言葉を掛けてきた。傷ついたと思っているようだった。別にそんなことはなかった。きつい口調なのはいつも通りだ。私が変なことを聞いた自覚はあったし。私は曖昧な笑顔をして、その場を過ごそうと思った。
そのうちに、友達の一人が「ちよちゃんはテニス部だから、日吉くんと交流あるもんね。ごめんね。他の人に聞こえてるみたいだし、もうこの話題、やめよっか」と言った。他の子も肩をすくめて、私にごめんね、と口を揃えて謝った。別に謝ってほしいわけでは無かった。臆病ではっきりと言えなかったけれど、クラスで楽しく過ごしたいだけだった。それから、もう男の子の人気ランク付けはやめにしよう、という話になった。私は、そっと胸を撫で下ろした。
☆
私と日吉は、幼稚舎に入った年にクラスが同じで、帰る方向が一緒だった。
初めてのお母さんがいない帰り道、ランドセルを握りしめ、どきどきしながら帰路についていた。すると、日吉が隣にやってきて、ため息をつきながら一言「帰るぞ」と声をかけてくれた。歩くのが遅い私に合わせて、ゆっくりと進んでくれる。私はぶっきらぼうな態度に優しさが隠れているのだとすぐに分かった。隣で歩く彼の、夕暮れに照らされる横顔がぴかぴかと光って見えた。
それから、放課後会う時には、一緒に並んで帰った。私が転んで泣いていたら嫌味を重ねながらも手を繋いで歩いてくれたことや、彼がお化け探しに行くから着いて来いと無理やり連れていかれたこともあった。彼との帰り道にはたくさんの思い出がある。帰路だけではない。図書室で一緒に本を読んだり、音楽室でピアノを弾いていると静かに耳を傾けてくれた。知らない世界を持っている彼と過ごすのは楽しかった。
私にとっては幼稚舎に入ってからの長い友達で、その関係がずっと続くのだと思っていた。
けれど、中等部に入ってから彼との関係が変わっていった。中等部の入学式の日、基準服に身を包んだ彼が私の前を歩いていた。身長が伸びることを考慮して大き目のサイズを選んだのか、ブレザーの袖が長く手のひらまでかかっていた。そんな日吉の姿を可愛いなぁと思いながら、私は後ろから話しかけた。私に気がついた彼は歩く速度を落とし、隣を歩いてくれた。
その日が日吉と一緒に帰った最後の日になってしまった。次の日から帰り道で彼に話しかけても振り向いてくれないし、彼が私の後ろを歩いても近づくことはなかった。今までも約束をしていたわけではないし、中等部に入ってから忙しくて疲れているのかなと思い、彼をそっとしておくことにした。
それから、教室の廊下やテニスコートで会っても日吉とは視線が合わない。親の伝言や部活の用事で話しかければ応じてくれるけど、それ以上の会話は無く、彼との思い出は幼稚舎で止まったままだ。
随分経った後、入学式の翌日に外部入学の男の子達から「付き合ってるの?」と質問攻めにあってしまったという話を聞いた。日吉はそういう話題は心底好まない。きつく言い返して、もう嫌になって、私に話しかけてこなくなった、そういうことだと思う。
日吉と私は昔からの友達で、幼馴染だと思っていたのに。知らない人達に何か言われて距離が遠くなるなんて考えもしなかった。ずっと一緒の関係でいられないのかな。これが大人になっていくということなのだろうか。
そうぼんやり思い始めたころ、教室の前で日吉とすれ違った。やっぱり彼と話したい。私から話しかければ、応じてくれると思って、手を上げて、日吉に笑いかけた。すると、彼はよそよそしい会釈をして、私の横を通り過ぎた。顔だけ知っているクラスメイトに接するみたいに。私は泣きそうになった。あんな態度を向けられるくらいだったら無視された方がよかった。上げている手を誤魔化して、髪を梳かす仕草をする。すっと髪に指を通すと、くせっ毛がきしんでいて、無性に恥ずかしくなった。
家に帰って鏡の前に立つと、自分の容姿が気になった。整えたことのない太めの眉毛はぼさぼさだし、ロングヘアの髪は先端がパサパサだし、いつの間にか伸びた身長は女の子らしくなくて憎たらしかった。眉毛が見えないように、前髪を伸ばそうか。もっと髪質に合うシャンプーを探そうか。スカートを短くしたら、スタイル良く見えるかな。そんなことを考えるようになった。次の日の朝、お姉ちゃんのアイブロウペンシルを勝手に使ってみた。全然うまく使えず、慌ててティッシュで拭った。
こんなことしても、昔みたいに日吉と一緒に過ごすことはできないのは分かっている。でも、周りの子がどんどん可愛くなって焦る。彼は仕草が綺麗で清楚な子が好みだろうから、そんな女の子に惹かれて、いつか付き合うことになっても、私には言ってくれないのかな。そう思うと秘密にされてるようで、胸がぎゅっと締めつけられ、痛くなった。
私は日吉とは良い幼馴染でいたくて、前みたいに話せたらいいなと思っているだけなのに。
だから、今日、日吉が話しかけてくれたのは嬉しかった。親同士の些細な用事だし、結果として彼を怒らせたかもしれないけれど、彼としっかり目が合ったのは久々だった。
友達は私と日吉の仲を心配していたけど、最近はあまり話していなかったから、彼も気にしていないと思う。きっとそのうち忘れてくれる。そう思いながら、部活の日誌当番を終えて、一人で帰路についた。駅に着くと、電車が来たばかりで、走れば間に合うくらいの距離だった。もう日が落ちてきたから、早く帰りたい。私はホームで小走りした。ドアが閉まります。アナウンスが聞こえて、慌てて電車に駆け込む。閉まるドアにラケットバッグが引っ掛かって、身体がよろけた。
「わ」
前のめりになって、身体は勢いよく倒れていく。このままだと床にぶつかってしまう。床に手をつこうと伸ばそうとした時、肩を包んでくれる感触がした。人の胸の上あたりに私の顔がすとんと収まる。お陰で倒れ込まずにすんだ。すみません、と声をかけながら顔を上げると、呆れた表情の彼がいた。今日ずっと私の頭の中にいた人。
「日吉……」
「電車に飛び込んでくるなよ」
彼は私の肩を掴んで、体制を整えようとしてくれる。
「ごめん……」
「そんな急ぎの予定でもあったのか」
「無い、けど。なんとなく」
「じゃあ、尚更だな。ただの迷惑だ」
私のよろけた身体を持ち上げると、彼は肩から手を離して、手を払う仕草をする。文句と嫌味をつらつらと並べながら、顔を歪ませる。でも、私が怪我しないように支えてくれた。幼稚舎の帰り道の思い出と重なる。なんだかんだ言って、優しい日吉。
私は立ち上がり、日吉と向き合う。身長順で並ぶ時、幼稚舎の頃は真ん中ぐらいだったのに、中等部に入ってからぐんと背が伸びて、今では学年の女の子で一二を争う身長になった。彼も低くないが、いつの間にか私が追い越していた。いつ追い越したのか分からない。その事実に、随分と時間が経っているのだと驚く。
二人っきりで向かい合わせになるのは久しぶりだし、今日あんなこともあったから、何を話せばいいか戸惑っていると、日吉が口を開いた。
「いつも素っ気ない男に何か用か?」
日吉は無愛想な表情で、今日の私の言葉を繰り返すように言った。部活が終わって時間が経ってるから、周りを見渡しても制服姿の学生はいない。だから、話しかけてくれるのだろうか。昔、私に怖い話をふっかけてきた時の意地悪な口調に似ていた。
「やっぱり聞こえてたんだね……」
私は話せる嬉しさと、自分の言葉を返される恥ずかしさが入り混じって、胸が縮こまり、小さな声しか出せなかった。
「内容は知らないが、どうせつまらない話でもしてたんだろ」
「もう今日でああいう話題はやめようってことになったよ。私も好きじゃなかったし。その、ごめん」
「意味も無く謝るな。そもそもなんであんな話題をしている輪に混じってるんだ。部活では宍戸さんにべったりなのに」
「ダブルス組んでるからって休み時間まで先輩のクラスに行けないよ。むっちゃんと同じクラスだったらよかったんだけど……」
「むっちゃん?」
「樺地ちゃんのこと」
「あぁ、樺地か……跡部さんの用事で忙しいんだろ」
「うん、そう。むっちゃん、休み時間も忙しいから、私が席にいる。よく分からないけど自然にクラスの子が集まってくるんだ。男の子の話題好きなだけで、いい子達だよ」
「まぁ、お前が休み時間にどう過ごそうが関係ないが……あんな場で、聞こえてるかどうかとか、聞くなよ」
日吉は心の底から嫌そうに、私の目を見て言った。
「それは、ごめん。でも気になっちゃって」
「あることないこと吹き回されて、茶化されるぞ」
はっきりと忠告する口調からは、私のことを気にしてくれているのが伝わる。「聞こえてたの?」と聞いた時、日吉が怒るように立ち去ったのは、後々噂されないようにと考えた態度なのかもしれない。昔日吉が言われたみたいに。けど、私はそうなってもよかった。
「いいよ、別に。その時はまた言い返せばいいよ。ずっと昔から幼馴染だって……」
もう別に今更だった。友達にあんな風に言っちゃったし。
日吉は目を見開いた。普段私は人に対して言い返したりしないから、私の言葉に驚いているのかもしれない。それとも、彼を幼馴染と言うのがよくないだろうか。私は頭に浮かんだことを聞いてみた。
「もしかして、日吉って今付き合ってる子、いるの?」
「はぁ……?! なんだよそれ」
私はさらりと聞いた。日吉は大きな声を出した。
「だって……中等部に入ってから私と一緒に帰ってくれないし、廊下で会ってもよそよそしいし。いるなら、応援する。その子が嫌な気持ちになるかもしれないから、もう幼馴染って言わないし、帰り道に声かけないよ」
私は俯きながら言った。足元のローファーを見ると、先端が擦り切れていて、みじめな気持ちになった。
「……別にそんなんいねぇよ」
「そう? それとも好きな子?」
もう今しかないと思って、私は重ねて聞いた。
「もうこの話題やめろ。お前だってこんな話好きじゃないだろ」
「そう、だけど……。日吉のは気になるよ」
「……そうかよ」
日吉は目を逸らして言った。二人の間に、気まずい沈黙が覆う。外部の男の子達やクラスの友達みたいに、興味本位で聞いたのではなかった。でも、やっぱり日吉は嫌だったかな。聞かなければよかっただろうか。
そんなことを考えているうちに私達の最寄り駅に到着した。ドアが開く。日吉は私の顔を見ずに、先に降りた。私も後を追い、ホームに立つ。このままさっさと行ってしまうかな、と思いながら日吉の背中を見つめた。
「帰るぞ」
声が聞こえた。日の暮れたホームにかすかに響く、低く澄んだ声だった。夜の入口の、甘く、柔らかな風が頬をかすめた。
「え、」
「だから、帰るぞ。別に置いてってもいいが」
今度ははっきりとした強めの口調だった。けれど、彼の背中は遠くならなかった。
「ううん。一緒に帰る!」
私は笑顔で答えた。ラケットバッグを肩に乗せ、急いで日吉の方へかけていった。隣へ追いつくと、彼は足元をちらりと見て、歩みを緩めた。そっと歩幅を合わせてくれる。そのことにすぐに気がついた。私には日吉の言葉にしない気遣いがいつも分かってしまう。どうしてみんな彼の優しさに気がつかないのだろう。
彼から声をかけられて、隣で歩けることが嬉しくてたまらなかった。自然に頬が上がる。彼に言わせれば、間抜けな顔をしているかもしれないけど、今は気持ちを隠すなんてできない。
改札から出た後、この時間が惜しくて私はわざと歩く速度を遅めた。彼も、無言で合わせてくれる。そのまま肩を並べてゆっくりと静かに歩いた。先程とは違う、心地よい沈黙が私達を包んだ。
歩きながら、私と彼の方へそっと目をやる。幼稚舎の時より大人びている、凛とした横顔が見えた。上から灯る街灯に照らされて、私の瞳にはぴかぴかと光って映った。いつかの日に見た眩さと同じだった。この姿を見れるのは、彼と並んで歩く人だけだろう。それなら、やっぱりみんな気づかなくていいや。素っ気ない態度から滲む優しさを。厳しい目の奥にある温かさを。夜の光に照らされる凛々しい表情を。私だけが知っていれば、いいや。そう思いながら、噛みしめるように歩いた。
いつもなら一人でぼんやり過ごす帰り道が、胸がつまるほど大切な時間に思える。今のこの瞬間の、彼の横顔、透明な夜空、瑞々しくて甘い風、そんな私に寄り添うものがあまりに幸せで、思わず泣きそうになった。